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■路線データ
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運行会社
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名古屋鉄道
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名古屋市交通局
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路線名
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小牧線
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上飯田線
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営業区間
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犬山〜上飯田
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上飯田〜平安通
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営業キロ
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20.7km
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0.8km
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駅数
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14駅
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2駅
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平均駅間距離
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1.592km
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0.8km
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所要時間
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--分
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--分
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運転間隔(朝)
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7.5分
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運転間隔(昼)
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15分
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運転間隔(夕)
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10分
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車両組成
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20m車×4両
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在籍車両数
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32両
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8両
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軌間
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1067mm
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電気方式
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架空線
DC1500V
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保安方式
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地上区間(犬山〜味鋺) :ATS
地下区間(味鋺〜平安通):ATC
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運行方式
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ワンマン運転
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鉄道無線
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■路線・運行方式
↑路線図 (点線は廃止予定区間)
↑各社事業概要図
1=第1種鉄道事業(路線を保有し、自ら列車を運行)
=線路・列車保有
2=第2種鉄道事業(他の事業者の路線を使って、列車を運行)
=列車のみ保有
3=第3種鉄道事業(路線を保有し、他の事業者に運行させる)
=線路のみ保有
上飯田連絡線の営業距離は3.1Km、路線建設距離は3.3Km
■車両運用
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■開業の歩み
2003年(平成15) 上飯田〜平安通
名鉄小牧線と相直開始 |
■配線図

平安通駅の犬山方にはダブルクロスが設けられます。
また上飯田駅の犬山方にはY字形の留置線が設置されます
間内〜牛山間にある車庫予定地は、土地の先行取得であり現在着工の目途はたってません
■小牧線誕生から現在までのあゆみ
昭和6年2月に名岐鉄道城北線として上飯田〜新小牧間が開業、北へ進延し同年4月には犬山まで達し、現在の名鉄小牧線が形作られました。
沿線には田園が広がり、昭和30年までは600Vの小型車で運行されていました。(現在の名鉄黒野線とほぼ同じ。以前小牧線を走っていた車両がつい最近まで黒野線や谷汲線を走っていました。)
昭和19年には名古屋市電御成通線(上飯田〜大曽根)が開通し、上飯田を接点に市内と尾張北部の往来は便利でした。
しかしモータリゼーションの発達や地下鉄建設と相まって昭和46年には市電は廃止。小牧線から市内へ向かうには名鉄上飯田駅〜地下鉄平安通駅間、約1kmを徒歩で乗り換えるという大変不便な状態になりました。バスも走っていますが、都心を通過するため大渋滞に巻き込まれる事もしばしば。
その後も名古屋都市圏は拡大し沿線人口は増える一方でしたが、都心口の乗換は不便なまま。同じく名古屋から北へ向かう名鉄犬山線の沿線と比べると、交通の不便さがあってか開発発展はイマイチ。
特に小牧駅と新交通システム「ピーチライナー」で結ばれる大規模住宅地”桃花台団地”は予定数の半分しか入居せず、沿線に深刻な影響をおよぼしていました。
この様な早急に解決すべき課題にもかかわらず、多くの問題点があり実現には至りませんでした。
ようやく平成4年の運輸政策審議会第12号答申において、味鋺〜上飯田〜平安通間を「上飯田連絡線として緊急に整備する」と位置づけられ、平成6年1月に建設主体となる第3セクター「上飯田連絡線株式会社」が設立されました。
以後平成6年から8年にかけて各種事業・建設許可が下り、平成8年9月に着工され、平成15年の3月の開業を目指しています。
※公式ページ参考リンク→事業化の経緯
■上飯田連絡線とは?
上記のように早急なる対策が欲されていたにも関わらず、長年放置されたのは多くの問題を抱えていたからです。
例えば既存の名鉄上飯田駅近辺は建物が所狭しと建ち並んでおり地上線延長はもちろん、地下への入口も作れなかった事や、一駅先の味鋺から地下化する場合は3本の川を越える大工事になる事、また建設の技術的問題はクリア出来たとしてもその分の建設費は誰が負担するのか?などといった諸問題を、民間鉄道事業者である名古屋鉄道・名古屋市交通局がそれぞれ単独で解決・建設する事は困難でした。
このため設立されたのが県、沿線市、沿線民間企業が出資する第3セクター「上飯田連絡線株式会社」で、此の社が建設・路線の保有を行い、名鉄と交通局に貸す・・・という形で建設費等を解決する事となりました。
此の社が建設・保有する路線(味鋺〜平安通間)を上飯田連絡線と呼びます。
※公式ページ参考リンク→会社概要 事業計画の概要
■名鉄小牧線&市交通局上飯田線とは?
小牧線の歴史は上を参照。
名古屋鉄道小牧線は名古屋市北区の上飯田と県北部の犬山とを結ぶ尾北地方の交通を担う路線です。
駅は上飯田、味鋺、味美(TKJ城北線の同駅名とは離れている)、春日井(JRの同駅名とは離れている)、牛山、間内、小牧口、小牧(新交通システム「ピーチライナー」乗換)、小牧原、味岡、田県神社前、楽田、羽黒、犬山の各駅が設けられている。
路線は単線と複線とが入り交じり枕木も木製が多く日なたびた雰囲気がある。列車は最長4両で、日中は全線で20分間隔、ラッシュ時はこれに小牧以南の区間列車が加わり10分間隔で走る。全列車線内運用で普通のみ。
上飯田に地下鉄建設の話が持ち上がったのは比較的早く昭和15年に「臨時名古屋市並近郊交通調査会」により将来構想として取り上げられました。この話は戦争により消え去ります。
戦後、昭和21年の「高速鉄道網検討用基礎案」において[平田橋〜栄町〜八事](現在の鶴舞線の原型)の路線に接続する路線として計画が復活します。なおこの時点で既に名鉄との相互直通乗り入れを前提としていたことが特筆されます。
昭和25年にはより詳細な計画である「名古屋復興都市計画高速度鉄道路線網」プランにおいて、今度は名城線の原型路線としてラインアップします(ルートは市役所裏から大曽根を経由して水分橋(上飯田〜味鋺の中間)に至るルート)。
この計画を元に昭和32年に名古屋に地下鉄が走り始めます。上飯田線にも期待がかかりますが、ナント!昭和36年に出された「都市交通審議会名古屋部会答申」において上記の名城線計画は大曽根でストップ。小牧線との連絡が無視されてしまったのです。
こうしている間に昭和46年には上飯田から市電が消え、現在に至るまで31年間、徒歩連絡に頼る事となります。
前答申から11年が経った昭和47年の「都市交通審議会答申」において、再び上飯田に地下鉄計画が持ち上がります。計画名称7号線で、路線は金山〜市役所〜清水口〜上飯田という、名城線のバイパス役を担うものでした。
現在この地方の鉄道計画の元になっている「平成4年 運輸政策審議会答申」において、7号線は名を”上飯田線”と改め、丸太町〜新栄町〜平安通〜上飯田という経路設定をされています。丸田町において東部線(計画路線)と接続、名古屋駅南の笹島に乗り入れる予定であります。
今回開業したのはこの7号線こと上飯田線のごく一部なのです。
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